山梨県その５(下部)

職場の旅行で訪ねたのは、仕事に就いたその年の冬であったと思う。 　随分昔でほとんど忘れているが、下部温泉では頭痛がひどかった。それは鮮明に覚えている。 　鉱物が多い所ではしばしばそういう症状が出る私である。 　宿の名前は覚えていないが、昔風の落ち着いた趣ある建物であった。階段が木で、柱も黒光りしていたと思う。 　 　この宿の風呂がすごかった。洞窟なのである。温泉は、長く浸かっていられるようなぬるめな温泉で、長い岩が続く、洞窟風呂である。 　湯気がもうもうとして薄明るくよく見えない。 　見えないのは当たり前、実は混浴で、男女どちらの風呂からも洞窟を通って大きな岩湯船に出るのである。 　何人かの入浴客の中には異性の同僚もいたようである。なるべく顔をあわさないようにして、そそくさと退出することにした。 　うら若き乙女にはちょっと遠慮したいところである。今だって嫌である。今は向こうのほうが嫌かもしれない。 　次の日に何処かの寺に寄った。覚えていないが、場所から考えると身延山久遠寺かもしれない。 　三門の辺りにハトが群れ、餌をやったのだが、頭といわず腕といわず「ハトに襲われる」であった。 　見ていた同僚に「あんたが食われてるんじゃないかと思ったよ」と言われたが、まるでヒッチコックの「鳥」状態。 　正直、怖かった。